【薬屋のひとりごと考察】羅漢が鳳仙に送った「招待状」の真意とは？猫猫の生い立ちと絡めて解説

『薬屋のひとりごと』の物語において、羅漢（ラカン）、鳳仙（ホーセン）、そして主人公の猫猫（マオマオ）が織りなす関係性は、最も複雑で、同時に最も切ない人間ドラマの一つです。

特に、羅漢が鳳仙の身請けに際して用意したとされる「招待状」は、彼の歪んだ愛情と、二人の間に流れた悲劇的な時間、そして猫猫の生い立ちの全てを象徴する、非常に重要なアイテムです。

この記事では、羅漢の抱える「顔の認識」というハンディキャップと、鳳仙の壮絶な生き様を踏まえ、羅漢が最後に鳳仙に送った「招待状」に込められた真の意図を深く考察します。

羅漢の「招待状」の真の意図

羅漢が鳳仙を身請けする際、単に大金を積むのではなく、「自分と象棋（将棋）で勝負をし、勝ったら身請けする」という奇妙な条件を出します。そして、彼が鳳仙の身請けの条件として持参したのが、鳳仙の筆跡を真似て書かれた「招待状」でした。

この「招待状」は、単なる身請けの書類ではありません。そこには、羅漢の深い後悔と、彼ならではの愛情の形が込められています。

羅漢は、人の顔を「記号」や「点と線」としてしか認識できないという特殊な脳の持ち主です。しかし、鳳仙だけは唯一、「人」の顔として認識できた人物であり、羅漢の歪んだ世界を彩る「色」そのものでした。

羅漢と鳳仙は、妓楼で数年にわたり、碁と象棋を通じて心を通わせる関係でした。しかし、鳳仙が妊娠し、羅漢が都を離れたことで、二人の運命はすれ違います。

羅漢が持参した招待状は、「二人の間で起こった悲劇的なすれ違いを、羅漢自身が終わりにする」という強い意志の表れです。

すれ違いの原因： 羅漢が鳳仙を身請けしなかった最大の理由は、鳳仙が送った手紙（赤子の小指が同封されたもの）を読み解けず、鳳仙がすでに亡くなったと誤解していたからです。
招待状の役割： 羅漢は、鳳仙が生きていたという真実を知り、「あの時、鳳仙が自分を待ち望んでいた」という切ない事実を受け止めます。招待状は、かつて鳳仙が羅漢に送った「会いたい」というサインを、時を超えて羅漢が「迎えに行く」という形で返した、彼なりの贖罪の手段だったと言えるでしょう。

この招待状は、羅漢が鳳仙の「人間としての価値」を金銭で計るのではなく、二人の「特別な関係性」という舞台装置を使って、鳳仙の尊厳を守りながら迎え入れるための、彼なりの精一杯の愛情表現だったのです。

羅漢の招待状（将棋の勝負）に対する鳳仙の応答もまた、彼女の猫猫への深い愛情と、悲劇的な決意を示しています。

羅漢との勝負の直前、鳳仙はすでに梅毒を患い、心身ともに衰弱していました。彼女は羅漢との勝負に勝ち、自由な身分を得ることもできたはずです。

しかし、鳳仙は羅漢との勝負で「意図的に敗北」を選びます。

羅漢への愛： 敗北することで羅漢に身請けされ、病で苦しむ自分を「妓楼の負債」として彼に押し付けるという、鳳仙の歪んだ愛の形です。これは、羅漢への一種の罰であり、同時に羅漢に「自分の全て」を託す決意でもありました。
猫猫への想い： 羅漢に身請けされることで、娘である猫猫が、妓楼という過酷な環境から解放される道筋を作ろうとした側面も考えられます。

鳳仙は、かつての美しさと聡明さを失いながらも、最後に母親として、そして一人の女性として、羅漢と猫猫のために究極の決断を下したと言えるでしょう。

羅漢と鳳仙の関係は、主人公・猫猫の根幹をなす要素です。猫猫が羅漢に対して抱く「生理的な嫌悪感」も、この親子の悲劇的な過去に起因しています。

猫猫が羅漢を「変人軍師」として忌み嫌うのは、彼が持つ奇抜な行動や言動だけでなく、幼い頃に見た血まみれの羅漢の姿がトラウマになっているからです。

羅漢は、鳳仙の送った手紙（小指）をきっかけに、鳳仙が亡くなったと思い込み、絶望と狂乱の果てに自らを傷つけました。その血まみれの狂気的な姿を幼い猫猫が目撃したことが、羅漢への根強い嫌悪感の元となっています。

しかし、羅漢が猫猫に執着するのは、彼女が「鳳仙の娘」であり、羅漢の目には「鳳仙の顔を持つ、唯一見える大切な存在」として映っているからです。羅漢の行動は、猫猫に対する父親としての愛ではなく、「鳳仙の代償」を求める歪んだ執着心から生まれていると言えます。

羅漢が鳳仙に送った「招待状」は、二人の間の「すれ違いの終止符」であり、羅漢が鳳仙という「色」を失わないためにとった最後の行動でした。

鳳仙と羅漢の物語は、純粋な愛と、病、すれ違い、そして脳の障害といった要素が複雑に絡み合い、決してハッピーエンドとは言えない結末を迎えました。しかし、彼らの壮絶な愛の形があったからこそ、猫猫という複雑で魅力的な主人公が生まれ、物語はより深く、重厚なものになっています。

羅漢の行動を理解することは、猫猫の生き方、そして物語全体を読み解く鍵となるでしょう。

よかったらシェアしてね！