猫の腹水、抜くべきか?余命21日の現実と、愛猫を苦しみから救う「決断」の基準
愛猫のお腹が急に膨らみ、呼吸が苦しそうな姿を見るのは、飼い主様にとって本当に辛いことだと思います。「腹水を抜くと弱る」「一度抜くと癖になる」といったネット上の情報を見て、どうすべきか迷われているお気持ち、痛いほど分かります。
しかし、獣医師として結論をお伝えします。もし愛猫の呼吸が苦しそうであれば、迷わず「腹水を抜く」ことを選んでください。
それは決して単なる延命措置ではなく、愛猫に「安らぎ」を与えるための、飼い主様ができる最大の愛情表現だからです。
この記事では、平均余命21日という厳しい現実を踏まえた上で、後悔しないための「腹水穿刺(せんし)の判断基準」と、ご自宅でできる「最期の緩和ケア」について解説します。
なぜ、お腹が膨らむのか?腹水の正体と「余命」の真実
まず、冷静に状況を把握するために、なぜ愛猫のお腹に水が溜まってしまったのか、そのメカニズムと予後について解説します。
腹水とは、病気そのものではありません。心臓や肝臓、あるいは腫瘍(ガン)などの臓器不全が原因で、血液中の水分が血管から漏れ出し、お腹の中に溜まってしまった状態を指します。つまり、腹水が溜まっているということは、基礎疾患がかなり進行しているサインなのです。
原因によって異なる「残された時間」
猫の腹水の原因は主に以下の3つに分類されますが、特に高齢猫で多いのが「癌性腹水」です。
- 癌性腹水(消化器型リンパ腫など): 腫瘍が炎症を起こし、腹水が溜まります。
- うっ血性心不全: 心臓のポンプ機能が低下し、血液が滞ることで水分が漏れ出します。
- FIP(猫伝染性腹膜炎): ウイルス感染による炎症です。
ここで、非常に厳しいデータをお伝えしなければなりません。癌性腹水の場合、診断されてからの平均生存期間(余命)は、統計的に約21日という報告があります。
腹水を伴う猫の予後に関する研究において、癌性腹水の症例における生存期間の中央値は21日であった。
出典: Prognostic factors in cats with ascites (PubMed) – Journal of Feline Medicine and Surgery
癌性腹水と余命21日という関係性は、私たちが「完治」を目指す戦いから、「QOL(生活の質)」を守る戦いへと、意識を切り替えなければならないことを示唆しています。
「腹水を抜くと弱る」は本当か?獣医師が教えるメリットとリスク
診察室で最も多くいただくのが、「先生、腹水を抜くと寿命が縮むってネットで見たんです…」というご質問です。
結論から申し上げますと、腹水穿刺(水を抜く処置)には、確かに「体力低下」というデメリットがあります。しかし、「呼吸困難の解消」というメリットがそれを大きく上回る場合、私は実施を強く推奨します。
腹水穿刺のメリットとデメリットの天秤
腹水には、アルブミンという重要なタンパク質(栄養)が含まれています。そのため、大量に腹水を抜くと、一時的に脱水を起こしたり、ふらついたりすることがあります。これが「抜くと弱る」と言われる理由です。
しかし、想像してみてください。お腹に水が溜まり、肺が圧迫され、横になって眠ることもできない状態を。猫にとって「呼吸ができない」ことは、私たちが想像する以上の苦痛と恐怖です。
腹水穿刺は、この呼吸困難を即座に緩和する唯一の物理的手段です。
【腹水穿刺の判断基準:命の天秤】
| 抜くことのデメリット(リスク) | 抜くことのメリット(安らぎ) |
|---|---|
| 一時的な体力低下 | 呼吸が劇的に楽になる |
| 栄養(アルブミン)の喪失 | 横になって熟睡できる |
| 一時的な脱水・ふらつき | 食欲が戻る可能性がある |
呼吸が苦しい場合は、QOL(生活の質)の改善というメリットが、一時的な体力低下というリスクを大きく上回ります。
【専門家からのアドバイス】
【結論】: 「寿命」よりも「今の安らぎ」を優先してあげてください。
なぜなら、多くの飼い主様が「抜いて弱ったらどうしよう」と迷っている間に、愛猫が呼吸困難で苦しみ続けてしまうケースを見てきたからです。それは寿命を縮めるためではなく、残された時間を「苦しみ」ではなく「安らぎ」で満たすためです。
迷ったらここを見る!「今すぐ抜くべき」3つの判断基準
「苦しそうに見えるけれど、本当に今すぐ病院に行くべき?」と迷われた時は、以下の3つの基準でチェックしてください。これらに当てはまる場合、愛猫は限界に近い状態で頑張っています。
1. 呼吸数が「1分間に40回以上」ある
呼吸数と判断基準の関係は非常に明確です。健康な猫の安静時呼吸数は20〜30回/分です。これが40回/分を超えている場合、医学的に「呼吸困難」の状態と判断されます。
2. 横になれず「香箱座り」のまま寝ている
肺が圧迫されているため、横になると苦しくて眠れません。お座りの状態や、香箱座りのままうとうとしているのは、危険なサインです。
3. 表情に余裕がなく、鼻を広げて呼吸している
目が常に見開かれていたり、鼻の穴をピクピクさせて呼吸(鼻翼呼吸)していたりするのは、酸素を取り込もうと必死になっている証拠です。
【自宅でできる呼吸困難のチェックリスト】
| チェック項目 | 正常な状態 | 危険信号(受診推奨) |
|---|---|---|
| 1分間の呼吸数 | 20〜30回 | 40回以上 |
| 寝ている姿勢 | 横になってリラックス | 座ったまま、香箱座りのまま |
| 呼吸の仕方 | 胸やお腹が静かに動く | お腹を大きく動かす、口を開けて呼吸する |
| 舌の色 | ピンク色 | 紫色・青白い(チアノーゼ) |
病院に行けない夜はどうする?自宅でできる「酸素室」と緩和ケア
腹水は、一度抜いても数日から数週間で再び溜まってしまうことがほとんどです。その度に病院へ連れて行くのが愛猫のストレスになる場合や、夜間に苦しくなった場合に備えて、ご自宅でのケア環境を整えることをお勧めします。
「酸素室」は自宅でできる最高の緩和ケア
酸素室と緩和ケアの関係は密接です。高濃度の酸素を吸うことで、腹水による肺の圧迫があっても、呼吸が格段に楽になります。
- レンタル酸素室: 専門業者からケージと酸素濃縮器をレンタルできます。即日配送してくれる業者も多いです。
- 簡易酸素ハウス: ビニールハウスのような簡易的なものもあります。
酸素室を用意しておけば、腹水が溜まってきても、次の通院まで愛猫を楽な状態で過ごさせてあげることができます。
食事とトイレの工夫
- 食事: 胃が圧迫されて一度にたくさん食べられません。高カロリーな流動食や、大好きなオヤツを、少量ずつ数回に分けて与えてください。
- トイレ: トイレの段差を登るのが辛くなります。スロープをつけたり、トイレの縁を低くしたりしてあげてください。
よくある質問(FAQ)
最後に、診察室でよく聞かれる質問にお答えします。
Q. 腹水は一度抜けば治りますか?
A. 残念ながら、腹水穿刺は対症療法であり、原因となる病気が治らない限り、また溜まってしまいます。いたちごっこのように感じるかもしれませんが、その都度「苦しさ」を取り除いてあげることが、QOL(生活の質)の維持には不可欠です。
Q. 処置の費用はどれくらいかかりますか?
A. 動物病院によって異なりますが、一般的に腹水穿刺のみであれば数千円〜1万円程度、検査や薬剤を含むと1〜3万円程度になることが多いです。事前に電話で確認することをお勧めします。
Q. 最期は苦しみますか?
A. 呼吸困難は苦しいですが、適切な緩和ケア(腹水穿刺や酸素室の使用)を行えば、苦痛を最小限に抑えることができます。多くの猫ちゃんは、適切なケアの下であれば、眠るように穏やかに旅立つことができます。
まとめ:愛猫のために、あなたが今できること
愛猫の腹水と向き合うことは、お別れと向き合うことでもあります。それは本当に辛く、悲しいことです。
しかし、「腹水を抜く」という選択は、決して愛猫を傷つける行為ではありません。それは、愛猫に残された時間を、苦しみではなく安らぎで満たすための、あなたからの「最後のプレゼント」になり得ます。
今すぐ、愛猫の寝ている姿を見て、呼吸数を数えてみてください。
もし40回を超えていたら、迷わずかかりつけの先生に相談してください。あなたのその勇気ある決断が、愛猫を苦しみから救います。

