海外ドラマや映画を見ていると、登場人物が意味深に「Curiosity killed the cat.(好奇心は猫をも殺す)」と呟くシーンに出くわすことがあります。字幕でその意味を知ったとき、「えっ、猫が死ぬなんて怖いことわざだな…」とドキッとした経験はないでしょうか?
実は、この「好奇心は猫をも殺す」という言葉には、元々は「好奇心」ではなく「心配」が原因だったという歴史や、死んだはずの猫が「満足」によって生き返るという”幻の続き”が存在します。
この記事では、翻訳家として数々の英語表現に触れてきた私が、辞書には載っていないこの言葉のドラマチックな変遷と、明日誰かに話したくなる「通」な使い方を解説します。読み終える頃には、あのセリフが単なる警告ではなく、ウィットに富んだ深いメッセージに聞こえてくるはずです。
この記事を書いた人
柴田 ケンジ
翻訳家 / 英語文化リサーチャー
映画・ドラマの字幕監修や、英語表現の歴史的背景に関するコラムを多数執筆。「言葉は生き物」をモットーに、辞書的な意味だけでなく、その言葉が歩んできた歴史や物語をエンターテインメントとして伝えている。
なぜ「猫」が殺されるの? 怖いことわざの意外なルーツ
「猫好きとしては聞き捨てならない言葉ですよね」。私も初めてこの言葉の由来を調べたとき、同じように感じました。しかし、歴史を紐解いていくと、「好奇心は猫をも殺す」という表現は、もともと猫を責めるための言葉ではなかったことがわかります。
犯人は「好奇心」ではなく「心配」だった
時計の針を16世紀まで戻してみましょう。劇作家ベン・ジョンソンやウィリアム・シェイクスピアが活躍していた時代、このことわざは「Care killed the cat(心配は猫をも殺す)」という形で使われていました。
ここでの「Care」は「世話」ではなく、「過度な心配」や「心労」を意味します。つまり、「Care killed the cat」は、「くよくよ悩んでばかりいると、体に毒だよ」という、相手を気遣うメッセージだったのです。
では、なぜ被害者が「猫」だったのでしょうか? それは、英語圏に古くからある「A cat has nine lives(猫に九生あり)」という迷信が関係しています。
「猫に九生あり」とは、猫は9つの命を持っているかのように執念深く、簡単には死なないタフな生き物だという意味です。 つまり、「9つの命を持つほどタフな猫でさえ、心労(Care)には勝てずに死んでしまう」という逆説的な強調のために、猫が引き合いに出されたのです。
決して猫が弱かったわけでも、好奇心が強すぎたわけでもありませんでした。
📝 言葉のアップデート
もしこの言葉を「好奇心はいけないこと」と単純に解釈しているなら、その認識を「心労こそが命取り」という本来の意味も含めてアップデートしてみてください。ドラマの時代設定によって、セリフの重みが違って聞こえてくるはずです。
🕰️ 「猫を殺したのは誰?」300年の変遷
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1598年(シェイクスピアの時代)
😿 Care killed the cat
「心配は猫をも殺す」「くよくよするな」という励ましの言葉として使われていました。
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19世紀後半
🗝️ Curiosity killed the cat
「好奇心は猫をも殺す」「Care」が「Curiosity」に変化。他人の詮索をする人への警告として定着しました。
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1912年頃〜現在
✨ …But satisfaction brought it back
「しかし、満足が連れ戻した」ポジティブな返し文句(後述)が登場!猫は生き返りました。
実は続きがあった!「満足が猫を生き返らせる」の真実
「猫が死んだままじゃ後味が悪い」と思ったあなたに朗報です。実はこのことわざには、死んでしまった猫が生き返るという、起死回生の続きの句が存在します。
それが、「But satisfaction brought it back(しかし、満足が猫を生き返らせた)」というフレーズです。
20世紀に生まれた「ポジティブな反撃」
この「生き返る」という続きは、最初からあったわけではありません。「Curiosity killed the cat」という警告的な表現が定着した後の20世紀初頭(1912年頃)に、後付けで追加されたカウンターフレーズです。
「余計なことを知ろうとするな」と釘を刺された人が、「でも、真実を知ってスッキリすれば(満足すれば)、そのリスクも帳消しになるでしょ?」と言い返すために発明されました。
「Curiosity killed the cat」と「But satisfaction brought it back」は、警告とそれに対する反論という、対義的な拡張関係にあります。 この続きを知っているだけで、ただの「怖いことわざ」が、「リスクを冒してでも知る価値がある」という冒険心あふれる言葉に変わるのです。
ドラマや日常会話での「通」な使い方
言葉の背景が見えてきたところで、実際のドラマや日常会話でこのフレーズがどのように使われているか、そしてどう返せば「通」なのかを見ていきましょう。
警告、皮肉、そしてジョーク
海外ドラマにおいて、「Curiosity killed the cat」は単なる「危ないよ」という警告以上のニュアンスを含んで使われます。
例えば、サスペンスドラマで刑事が相棒にこのセリフを言う場合、「お前、その件に深入りすると、組織に消されるぞ(あのタフな猫でさえ死んだんだからな)」という、歴史的な重みを含んだ脅しとして機能します。
一方で、ラブコメディなどで使われる場合は、「元カレのSNSなんて見ても、傷つくだけよ(心労で死ぬわよ)」という、原義の「Care(心配)」に近いニュアンスでの皮肉として使われることもあります。
ウィットに富んだ切り返し方
もしあなたが、英語を話す友人や同僚に「あまり詮索しない方がいいよ(Curiosity killed the cat)」と釘を刺されたら、ぜひこう返してみてください。
「But satisfaction brought it back!(でも、わかればスッキリするでしょ!)」
この返しができれば、相手は「おっ、この言葉の続きを知っているのか」とニヤリとするはずです。「Curiosity killed the cat」という警告に対して、「But satisfaction brought it back」で返すことは、英語圏における定番のジョークであり、知的なコミュニケーションの一つです。
| 場面 | 相手の意図 (Curiosity…) | 「通」な解釈と対応 |
|---|---|---|
| サスペンス ミステリー |
深刻な警告 「これ以上首を突っ込むと、物理的・社会的に抹殺されるぞ」 |
素直に引くか、覚悟を決めて「真実のためなら死んでもいい」という態度で挑む。 |
| 職場 ビジネス |
リスク回避 「余計なデータまで調べると、プロジェクトが混乱するぞ」 |
返し技: 「But satisfaction brought it back.(でも、原因がわかれば解決策も見えますよ)」とポジティブに返す。 |
| 恋愛 ゴシップ |
お節介な忠告 「知らぬが仏。見ても傷つくだけだよ」 |
原義の理解: 「Care(心労)」が語源であることを思い出し、「確かに悩みすぎるのは毒ね」と納得する。 |
よくある質問(FAQ)
最後に、このことわざに関して私がよく受ける質問にお答えします。
Q. 日本語のことわざで言うと何になりますか?
A. 「藪(やぶ)をつついて蛇(へび)を出す」が最も近いですが、ニュアンスは少し違います。
「藪蛇」は「余計なことをして災難を招く」という結果にフォーカスしていますが、「Curiosity killed the cat」は「知りたいという欲求(好奇心)そのもの」を戒める点に特徴があります。また、先ほど紹介したように「満足すれば生き返る」というポジティブな側面があるのも、日本のことわざにはない面白い点です。
Q. 本当に猫は9つの命があるのですか?
A. もちろん生物学的には1つですが、「Nine lives(九生)」は猫の驚異的な身体能力を象徴する言葉です。
高い所から落ちても着地する、狭い隙間から生還するといった猫のタフさが、「9回死んでも大丈夫なほどしぶとい」という伝説を生みました。「Curiosity killed the cat」において、猫とNine livesは切っても切れない関係にあり、「あの不死身の猫でさえ死ぬのだから、人間のお前なんてひとたまりもないぞ」という逆説的な怖さを演出しています。
まとめ:猫は死んだままじゃない
「好奇心は猫をも殺す」という言葉は、単なる教訓ではありません。
- 16世紀: 「心配(Care)」が猫を殺すという、心労への気遣いから始まり、
- 19世紀: 「好奇心(Curiosity)」への警告へと変化し、
- 20世紀: 「満足(Satisfaction)」による復活の物語が付け加えられました。
次にドラマや映画でこのセリフを聞いたときは、ぜひ「あ、今は警告してるけど、実は続きがあるんだよね」と思い出してみてください。そして、もし自分の好奇心を誰かに止められそうになったら、心の中で(あるいは声に出して)こう唱えてみましょう。
“But satisfaction brought it back!”
あなたのその好奇心が、素敵な「満足」を連れて帰ってきてくれることを願っています。

